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【夜葬】 病の章 -1-

公開日: : 最終更新日:2019/07/23 ショート連載, 夜葬 病の章

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一九五四年。

この年の出来事といえば、枚挙に暇がない。二重橋で一六人が死ぬ事故で幕を開けたかと思えば、遠い海を渡った地で人気を博したマリリン・モンローが来日した。

力道山がテレビでプロレスの面白さを伝え、巷では映画も流行していた。

戦後から九年が経ち、日本は持ち前の根気強さでめきめきと経済を発展させようとしていたし、実際にそれは目を見張るような速さで進んでいった。

誰も環境の変化を実感し、戦後から十年も経たないというのに人々の心は次第に娯楽と新しい文化に染まってゆく。

しかし、日本の隅から隅までがすべてそうであったかと問われれば、やはりそれは首を横に振らざるを得ない。どれだけ経済が、社会が発展しようと、それとは無関係な場所に住む者たちもいたのだ。

あくまで経済成長を実感できていたのは、都会に住む人間ばかりだった。

山や海に住む地方の住民にはまだまだ関係のない話で、彼らの生活は特に何が変わるわけでもなく穏やかに過ぎていた。

特に山に住む集落などでは、陸の孤島と例えて過言ではなく、下界の情報はほとんど入ってこず、独自の文化や風習を持ってそれに倣い生きている。

街でいくら美空ひばりの歌が流行しても、街頭テレビに子供や大人が群がっていても、女性が乳バンドを巻きスカートを穿いても、それと同じ時間が流れているとは到底思えないような場所なのである。

黒川鉄二もそんな『時代とは無関係な場所』に暮らしていた。

数年前まで彼も都会で暮らしていたが、素行の悪さが祟り、女は愛想を尽かし小さな息子を残し逃げてしまった。仕方なくここ【鈍振村】へと戻ってきていたのだ。

戦争が終わり、疎開から戻った幼かった鉄二はこの村へ帰ってくるのが心から厭だった。この鈍振村にはなにもない。電気も通っていない。町からも遠い。そして戦争に行って死んだ者も多かったために、年寄りばかりだ。

鉄二は一六歳を待たずに村を出、憧れていた都会……東京へ行ったのだ。

東京へ行くのにまる二日間を要した鉄二だったが、憧れの街は彼が思っていたよりも大きく、派手に光っていた。

おびただしい人・人・人の波に押し流され鉄二は、自分でもわけがわからないうちに東京という経済発展の中心で、身を染めていった。

気付けば七年の月日が流れ、鉄二が二三歳を迎える頃。

彼はまた七年前と同じことをしようとしていた。金も仕事もなく育てるあてのない子供だけが残った鉄二は厭で厭で仕方のなかったはずのこの村に帰り、そしてまた出ていこうとしている。

空はまもなく太陽を必要としなくなる。橙色の夕日が山々の木々を照らし、溶けたキャラメルのようだった。

喉を痛めるほど甘そうな景色とは裏腹に、鉄二は焦りを隠せなかった。

七年前と同じルートで村を出ようとするが、七年の月日はその道を彼の知るままではおかなかったのだ。

子供心でも自然は驚異であると知っていたはずの鉄二だったが、たった七年の都会暮らしがそんな彼の勘すら鈍らせていたのだ。

山の道なき道は、一体どこにつながっているのか。進めば進むほど鉄二はわけがわからなくなっていた。

「それでもあんな村に帰るくらいなら死んだほうがマシだ」

村での暮らしも、都会での暮らしも、ひとりではやりきることすらできなかった鉄二だったが、それを自覚していても村にいたくない理由があった。

「【夜葬】をもう一度復活させるだと? 馬鹿なことをいいやがって! 悪魔どもめ」

じわりじわりと夜の闇が鉄二の視界を閉ざそうとしてゆく。

なにもこんな時間に村を逃げ出そうとしたのは、彼の頭が悪いから……というわけではなかった。

明るい時間だと村の者に見つかってしまう。かと言って夜だとそれこそ道が分からないし、仮に明かりを持って出たとしてもそれはそれで目立つ。

可能性だけで言うならどちらの策も見つかる可能性としてはそれほど高くないが、【夜葬】という狂気の沙汰としか思えない風習を蘇らせようとするような人間たちだ。可能性が低いからと言ってそれに委ねるのは恐ろしかったのである。

村が最も手すきになるのは、夕刻前のこの時刻。夕食の準備をし、農仕事をしていた者たちも家に帰り一息をついているこのタイミングしかなかった。

だが表情を変えた道のせいで夜が近づいてきている。彼の考えでは走ってこの道を突き抜ければ暗くなる前に道路にでることができたはずだった。

鈍振村とは、そこまでしなくては外に出れないほどの超集落といっていい場所にあった。地元の人間でもこの村の存在を知らない者も多かったのだ。

だからこそ息づく、常識では到底考えられない風習。それが【夜葬】。

そして【夜葬】を蘇らせるためには、おぞましい手段と手順が取られる。

もしも、この話を街の誰かにしたとしよう。街の人間は最後まで聞かずに笑い捨てるだろう。これを現実の話だと信じることなど、愚かなことだからである。

それほどまでに信じがたく、常軌を逸した風習なのだ。

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